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風の通り路
その駅の構内は相変わらずで、僕は人込みと喧騒に吐き気を催す。
ある金曜の夕方。
高校時代の友人・カワダとの待ち合わせで、重すぎて鉛のように固まってしまった腰をやっとの思いで上げてここまで来たものの、肝心のカワダの姿はまだない。
彼の乗る予定だった路線が人身事故で遅れているため、僕は駅構内の通路脇で待ち惚けを食らっているのだ。
ここ最近滅多に鳴ることのない自分の携帯が着信音をたてて面食らったのはつい昨日のことで、その相手・カワダが「たまには外の空気でも吸ったらどうだ?」と僕を誘ったことに二度ビックリした。
カワダは高校の時にできた数少ない友人であり、何かと僕を気に掛けてくれるいい奴だった。
僕が専門学校を中退し、特にやりたいことも見つからず派遣のバイトを重ねるがやはり行き詰まり、家で塞ぎ込んでいるのを、彼は仕事の忙しい合間に「久々に会って酒でも飲もう」と連絡してくれたのだ。
正直僕は「ほっといてくれ」と思い誘いを断ろうとしたが、カワダの次の言葉で出向かずにはいられなくなった。
『仕事に行き詰まってて、辞めようかどうか悩んでるんだ。他の奴らに相談してもろくな答え返ってこないだろうし。おまえなら何かわかってくれそうな気がしてさ』
家に閉じこもっている僕を外に誘い出すというのはあくまで口実で、仕事の愚痴や自分の身の振り方について悩みを打ち明けたいというのが彼の本音なのだろう。
僕にとっては変に気を遣われるより楽だったし、むしろ彼が僕を頼ってくれたことが嬉しかった。
それで僕は、近所のコンビニを行き来するだけの行動範囲をバールでこじ開けるように広げ、高校時代にカワダと過ごしたT駅に赴いたのである。
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