家

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 幸い日も暮れてきたので、暗がりの路地を通れば顔を認識されることもない。  交通事故で死亡した人の家も、家宅捜索されたりするのだろうか。  とにかく身元がバレる前に、身の振り方を考えなければならない。  薄暗いマンションの一室。  両親が死んでから、親戚たちが形見分けとばかりに両親所縁の品を根こそぎ持っていったので、家の中は随分とがらんとしている。  生活家電や家具のみが機能し、私は何もせずに床で寝るだけ。  寝て起きてコンビニに行き、食べて横になって眠る。  それだけの、無為な毎日の繰り返しだった。  未成年なので父方の親戚の扶養に入っていたが、それもあくまで形式上。  十年に一度顔を合わせるか合わせないかの親戚の世話になるのは御免だったし、邪魔者扱いはもう懲り懲りだった。  だから、保護司にも弁護士にも 「通信制の高校を受けようと思います」 「自活もしっかりやっていきます」 「思い出の詰まったこの家を離れたくありません」  と、嘘八百並べ立て、ここでの生活を勝ち取った。  物事には優先順位というものがある。  この保護司たちも決して暇ではない。  懐疑的な目を向けられたものの、一応は安定していて正常な姿勢を見せることで引き下がってくれた。  クローゼットの奥にしまった、小学校のお泊まり行事でしか使わなかったキャリーバッグを引っ張り出す。  苦々しい思い出しか宿っていないその容れ物に、必要最低限の服と宿泊用の生活雑貨を詰める。  こんな私にも、この家が引き払われた時に処分されたら困る物──失いたくない物がある。  曲がりなりにも、大切な宝物。  それを最後にバッグに入れて、家を出た。
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