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自分の死亡通知が出される前に、預金を全額おろしておく必要もあった。
──引き出し時刻が私の死亡時刻より後ということになるから、気味悪がられるか何らかの事件性を疑われるだろうけど、そんなことを気にしてはいられない。
その晩は、非会員制のネットカフェに偽名で泊まった。
明日からどうしようかと悩んだものの、決して苦ではなかった。
私はもう死んだ。
私という人間はもう存在しない。
容れものから抜け出るように、私は私から解放された。
そう思うだけで、体が軽くなった気がした。
翌日は、まともな服を着て美容院にも行った。
重苦しい前髪を眉の辺りまで、伸ばしっぱなしのサイドと後ろの髪を肩ぐらいまでに短く切って整えてもらうと、鏡には別人が映っていた。
さっぱりした。
今までの私だとは、きっと誰も気付かない。
そんな自信を持った頃、もう一度家に戻って様子を見に行った。
家の前に潜んで様子を窺っていると、辛気臭い顔をした親戚が集まっていた。
聞くところによると、やがてこの家も引き払われるとのことだった。
今夜とある斎場で通夜も行われ、翌日葬儀も行われるらしい。
事後処理の一切を請け負ってもらった親戚には悪いことをしたかなとも思ったけど、もうどうにもならない。
私という存在は、この世から消えたのだから。
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