学校

2/3
前へ
/33ページ
次へ
 役者なんて夢、他の奴には笑われるけどね──そう自嘲気味に告げると、彼女も苦笑いして同意した。 「私は、女優なんて大層なことは言えないけど、ちょっとした役でもいいから舞台に立ちたい。……違う自分に、なりたい」  そう控えめに話す彼女が印象的だった。  きっかけを聞けば、彼女は小学校の時に観た芸術鑑賞会でとある劇を見て、それに痛く感動したのだと言う。  カーテンコールの時に一人の女優が観客席に向かって花を投げ、それが偶然彼女の所へ飛んできた。  慌ててキャッチしたそれは、一輪の青いバラの造花。  戸惑いながら舞台を見返すと、その女優はにっこり微笑んで、  ──それ、あげる──  そう口が動いて、頷きかけてくれたのだという。 「それにすごく感動して。クラスの他の誰でもない、私だけがもらった物だから」  それが今でも宝物なのだと、彼女はほのかな笑みを浮かべながら話した。  僕も同じような理由で、小さい頃に観劇が趣味の母親に連れて行ってもらった舞台を観て、舞台俳優になりたいと思った。  友達には軽いノリでオーディションでも受ければと勧められたり、笑われたりしてあまり真剣に取り合ってもらえなかったから、同じこだわりと夢を持つ彼女に親近感を持った。  ─────  ──────……  体験授業を終え学校に戻ると、廊下でのすれ違い様に女子のグループに冷やかされた。  何て言っているのかはよく聞こえなかったが、中三にもなって小学生じみたことをする子もいるもんだなと呆れ、あまり取り合わなかった。  笑われることには慣れてる。  理由はわからないけど、笑いたい奴には好きに笑わせておけばいいんだ。  だけど彼女を見ると、どこか思い詰めたような顔をしていた。  ──その表情が鬱積していた怒りだったということに、この時に気付いていればよかった。  そしたら、彼女を止められた。  彼女は引きつった笑顔を向けて僕に別れを告げ、行ってしまった。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加