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役者なんて夢、他の奴には笑われるけどね──そう自嘲気味に告げると、彼女も苦笑いして同意した。
「私は、女優なんて大層なことは言えないけど、ちょっとした役でもいいから舞台に立ちたい。……違う自分に、なりたい」
そう控えめに話す彼女が印象的だった。
きっかけを聞けば、彼女は小学校の時に観た芸術鑑賞会でとある劇を見て、それに痛く感動したのだと言う。
カーテンコールの時に一人の女優が観客席に向かって花を投げ、それが偶然彼女の所へ飛んできた。
慌ててキャッチしたそれは、一輪の青いバラの造花。
戸惑いながら舞台を見返すと、その女優はにっこり微笑んで、
──それ、あげる──
そう口が動いて、頷きかけてくれたのだという。
「それにすごく感動して。クラスの他の誰でもない、私だけがもらった物だから」
それが今でも宝物なのだと、彼女はほのかな笑みを浮かべながら話した。
僕も同じような理由で、小さい頃に観劇が趣味の母親に連れて行ってもらった舞台を観て、舞台俳優になりたいと思った。
友達には軽いノリでオーディションでも受ければと勧められたり、笑われたりしてあまり真剣に取り合ってもらえなかったから、同じこだわりと夢を持つ彼女に親近感を持った。
─────
──────……
体験授業を終え学校に戻ると、廊下でのすれ違い様に女子のグループに冷やかされた。
何て言っているのかはよく聞こえなかったが、中三にもなって小学生じみたことをする子もいるもんだなと呆れ、あまり取り合わなかった。
笑われることには慣れてる。
理由はわからないけど、笑いたい奴には好きに笑わせておけばいいんだ。
だけど彼女を見ると、どこか思い詰めたような顔をしていた。
──その表情が鬱積していた怒りだったということに、この時に気付いていればよかった。
そしたら、彼女を止められた。
彼女は引きつった笑顔を向けて僕に別れを告げ、行ってしまった。
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