Prologue(序章)

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「アリア派とヴォーズトゥフ会の対立がいよいよ表面化しそうね。──ほら、見て、町にも兵隊が駆り出されてるわ」  頬杖をつき、テラスから町を見渡しながら社会情勢について語るのは、青い髪をした聡明な女だった。  アリア派とヴォーズトゥフ会の対立──いわゆる、宗教間の(いさか)いである。  彼女の言に、ぼんやりと庭園の中心にある噴水を眺めていた赤い髪の女は、ハッと気づいて町へと目を向ける。 「……本当だわ。暴動を警戒してるのね。異様な光景だわ」  安息が脅かされ兼ねない異質な光景に、赤い髪のその女は物憂げに眉をひそめる。 「この家は、アリア派に肩入れしてるって話よ。ヴォーズトゥフ会に攻め込まれやしないかと思うと……私、怖くて……」  幾何学模様の凝った意匠の施されたティーカップに指を這わせながら、橙色の明るい髪をした女が言った。  落ち着きなく指を動かしてしまうのは、不安になった時の彼女の癖だった。 「心配はいらぬ。ヴォーズトゥフ会がそんな恐ろしい行動に出ることはない。邪教ならば話は別だろうが……」  独特の話し方で橙色の髪の女をなだめたのは、悠然とティーカップを口に運ぶ、紫色の深い髪色をした女である。 「だけど、アリア派もヴォーズトゥフ会も、啓蒙活動で会員を一気に増やしたんでしょう? それぞれの理想が渦巻いて……。町にも、不穏な空気が立ちこめてるわ」  紫色の髪の女に丁寧に口をはさんだ藍色の髪の女は、もうお茶どころではなかった。  思わず立ち上がり、手すりに手をついて町の様子に目を向ける。 「ああ、お互いにビラ配り合戦が白熱してるらしいな。町の連中から聞いたよ。アリア派の白い紙とヴォーズトゥフ会の黒い紙が飛び回ってるってさ」  少年のような口調で言う黄色い髪の女は、お茶会という柄ではないらしく、テーブルから少し離れた所に座っては一匹の猫──この家の主人の飼い猫で、名はリヒトという──と戯れていた。  印刷技術が進み、宗教家や思想家はこぞって思想文を印字したビラを作成し、布教活動の一環として町にばらまいていた。  神、法律、政治、そして自分自身の在り方について──人々は考え、時に世相や思想に流され生きてきた時代だった。
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