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──美味しい──
リンゴを──ましてや食べ物に対してこんな風に思ったのは、初めてだった。
リュミエールにとって食事は、人体を効率的に機能させ健康を保つだけの作業でしかなかったからだ。
「……美味しい」
リュミエールが無意識にそう漏らすと、ヴェルデは目を輝かせた。
「よかった……!」
ヴェルデが顔を上げた瞬間、彼女を覆うフードが頭から外れ、彼女の髪が見えた。
彼女の髪は、光に照らされ様々な色を放っている。
それは、無限の変化と希望を思わせる色だった。
──美しい──
こんな美しい髪を、こんな美しい女神のような女性を、リュミエールは見たことがない。
「……ありがとう……」
そう呟くと、涙がこぼれた。
人への感謝を、そして溢れる涙を。
慈しみを。淋しさを。喜びを。
リュミエールは止めることができなかった。
「私は、再び立てるだろうか」
「はい。私が支えます。あなたの半分は、私です」
人生で初めての泣き言を、彼女は笑顔で包み込んでくれる。
リュミエールはヴェルデを見つめ返し、胸があたたかくなる感覚を覚え──。
そして、笑った。
それは、彼が初めて人を愛する才能に目覚めた瞬間だった。
──閑かな葡萄畑の傍に立つ、小さな家。
一組の夫婦が暮らすその家を見つめる、一匹の猫の姿があった。
彼は、灰色の毛並みを踊らせ、しなやかな足取りで家へと近づいていった。
彼の名前は、リヒトという。
‐END‐
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