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「──奥様方」
部屋の中から、初老の執事が彼女らに声を掛けた。
「そろそろ風が冷たくなって参りました。お茶会の続きは、どうぞ中で」
テラスから中へと促す執事に、彼女らは一様に頷き立ち上がった。
「それに、リュミエール様がもうすぐお戻りになるそうですよ」
執事の言葉に、彼女らは色めいた歓声をあげた。
それぞれがそれぞれの思いで、彼女らは部屋の中へと戻りながら彼を出迎える心の準備を始める。
ただ一人──テラスに残された女は、トレイにティーカップやティーポットを乗せて運ぶ作業を始めようとしていた。
彼女はメイドではない。
メイドではないが、給仕をしている。
それを他の妻たちにやらされることは、物も言わぬ、自らの意志も示さぬ人間の宿命だろうか。
リヒトが、しなやかな足取りで床から椅子、テーブルへと飛び移り、彼女に近づいた。
甘えるように彼女の腕に擦り寄る彼の灰色の毛並みを、彼女は応えるように優しく撫でた。
この家で唯一彼女の相手をするのは、このリヒトだけかもしれない。
トレイに最後のティーカップを乗せた時、彼女は遠雷を聞いた。
見上げると、町を覆う暗雲がもうそこまでやってきていた。
──どうりで、少し肌寒くなってきたわけだ、と彼女は思った。
彼女の名は、ヴェルデという。
異国の言葉で、緑という意味を持つ。
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