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「ひゃあっ」
思わず変な声が出てしまったが、それでも慌てて背中に箱を隠す。
「なんだ、有栖川。こんな朝っぱらから。俺に用か?」
五所川原先生は今ちょうど出勤してきたところらしく、まだいつものトレードマークの白衣ではなくて、ダウンジャケットを羽織っていた。なんだかとっても上機嫌な様子だ。
「えっと、そういうんじゃないんですけど……」
「背中に隠してるのはなんだ? 出してみろ」
「あ、これは、ちょっと」
しどもどする僕を無視して、先生は僕が背後に隠したチョコの箱をさっと取り上げてしまった。
「これ、チョコなんだろ? 俺にくれるのか?」
「なんで僕が五所川原先生にチョコあげなくちゃいけないんですか。今日は女の子が好きな人にチョコを贈る日なんですよ?」
「じゃあなんなんだ。これは」
「これは僕がもらったチョコです」
えっへんと胸を張り自慢げに言うと、先生は眼鏡の奥の目をすうっと細めた。口もむすっとへの字形になっている。何故か怒らせてしまったようだ。顔が少し怖い。普段はのほほんとしていてゆるい笑顔を浮かべている先生の豹変ぶりに僕はびびってしまった。
「きょ、教室に置いておいたら、日下とか土居に見つかって取り上げられちゃうんです。だから、ここに隠しておこうかと思って」
「なるほどねぇ」
先生は言葉とは裏腹に納得がいかない様子で腕組みをして、胡乱げに僕の顔をじろじろと見ている。そこで予鈴が鳴ってしまった。
「ね、先生。お願い! 帰りには取りに来るからちょっとだけ置かせておいて、ね、ねっ」
僕は大急ぎでリボンを元通りに結び机の上に置くと、顔の前で手を合わせ五所川原先生を拝んでから、返事を待たずに化学準備室を後にした。
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