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第三話 パンツがない!
「パンツがない!」
その声変わり前の少年のような透き通った声はかなりのボリュームで発せられたが、四十人あまりの男たちがひしめき合う騒がしい空間ではあっけなくかき消されてしまった。
声の主である有栖川真尋は腰にラップタオル――端にゴムを縫いつけスカート状にしたバスタオル――を身につけただけの姿でごそごそとロッカーの中を引っかきまわしている。日下はその様子を胡乱げに横目で見ながら「ちゃんと探したのか?」と訊ねた。シャツのボタンを留める指は止めない。四時限目の水泳の授業を終えた今、急いで購買に走り、昼食のパンを確保しなくてはならないので、気持ちが急いているのだ。それは周囲の者達も同様で、誰もが慌しく着替えをしている。
いつもより早い梅雨明けで、朝から強い日差しが照りつけ、屋外プールの脇に建てられたコンクリートブロック製の男子用更衣室はさながらサウナのような蒸し暑さだ。せっかくプールで涼を得たというのに、もう額にはじっとりと汗が滲み始めている。早くこの場から逃げ出して、外の空気を吸いたいという思いもあった。
「たしか、ちゃんと畳んでここに置いたはずなのに、ないんだよ」
更衣室のロッカーは縦に五段に区切られており、真尋が荷物を入れているロッカーは上から二段目だった。自分の背の高さを考慮してもう一段か二段下の段を使えばよいものを、“ナントカと煙は高いところが好き”の格言どおりなのか、それともただ単に考えが足りないだけなのか。とにかく、真尋は自分の目の位置より少し高めのロッカーを一生懸命背伸びして覗き込んでいる。その動きに合わせスカートのようにふわふわと揺れているラップタオルの裾を、日下はぴらりとめくった。
「な、何すんだよっ!」
真尋が慌てて股間を押さえて阻止する。
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