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闇に飲まれた意識が再び覚醒してゆく。
全身に感覚が戻ってくると、
それに合わせ激しい目眩と頭痛が襲った。
照明は再度点灯し室内は元の静寂に包まれていた。
全身を覆った浮遊感も無くなり、
不快な低周音もしなくなっている。
まだ夢の中にいるような感覚の中で、
腕から伝わる少女の温もりが、
現実に戻って来た事を認識させた。
壁に空いた穴も塞がり、まるで何も無かった様に
元の個室のトイレに戻っていた。
そこに年端もいかない少女と同席している現実を、
改まって認識した。
気まずい沈黙を最初にやぶったのは意外にも、
少女の小さな相棒だった。
「局在化終了。
ようこそゲッペルハイドの住民よ」
歴史の教科書に出てくるような単語に、
頭が疑問符をうつ。
いやそれ以上に、
この小さなマスコットが喋れる事に驚いていた。
「初めてのケースだが改めてよろしく」
あっどうも。
僕は動揺して機械の玩具にお辞儀をしていた。
少女がそれを補足する様に間に入ってくる。
『この子はナビ』
それに反論する様に小さな相棒が割り込んだ。
「正式名称はスピットだ」
その言葉を無視する様に少女は続けた。
『私はノワール』
僕は思案する間も無くそれに答えていた。
「あっ初めまして、僕はアスカ。
アスカ・ソウヤです」
少女はそんな様子を見つめクスリと笑った。
『それ、さっき聞いたよソーヤ』
僕も釣られて笑っていた。
「よろしくノワール」
僕は握手を求め右手を差し出していた。
少女は不思議そうにその手と僕を交互に見つめる。
スピットが助け船を出す様に少女に話しかけてきた。
「挨拶だよノワール」
その答えに合点がいったのかノワールは、
真似する様に左手を突き出した。
差し出された右手と左手。
これでは握手は出来ない。
変な宗教に入ったように、
腕を突き出し向かい合う2人。
僕は苦笑いを浮かべ改まって左手を出すと、
少女の手を取った。
少女は驚いた様に僕を見つめ次のアクションを伺う。
「改めてよろしく」
僕は内心のドキドキを隠すように、
出来るだけ平静を装って握手した。
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