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だがこれで疑惑はほぼ確信に変わった。勇次が廣瀬に向けるどこか剣呑な眼差しは、彼の佳人への好意から生じたものだと考えればすんなりと納得できる。
思いがけず新たに現れた恋敵に、芳崎は内心でかなり焦り始めた。
佳人の気持ちはもちろん信じているが、同じ料理人である勇次は佳人と共通の話をすることも出来るし、無口で少々とっつきにくい印象はあるが、誠実そうな男だ。佳人が絶対に惚れないとは言い切れない。
「冗談冗談、馬に蹴られたくないしね~。甘すぎて見てるだけで血糖値あがりそうだし、ぜんぜん楽しくないもーん」
廣瀬が言うと、
「ほんとですか」
勇次がしつこく確認する。
「ホントだけど、あれぇー、もしかして勇次さん、佳人君のこと気になっちゃったりしてるぅ~?」
廣瀬がまた余計なことを言い出した。そんなことを言ったら勇次がなおさら佳人を意識するではないかと芳崎は苛立つ。
だが完全に酔っているらしい廣瀬はそんな芳崎に気付く様子もなく、ダメ押しとばかりに言った。
「まあ気になっちゃうよねー、佳人君、綺麗だし可愛いし、ほんといい子だしさー」
どこまでも陽気な廣瀬がユラユラしながら勇次のグラスに再びビールを注ごうとすると、勇次はいきなりその手首を掴み、まっすぐに廣瀬を見つめながら、ハッキリと告げた。
「自分は廣瀬さんの方がずっと可愛いと思います」
「――えぇッッ」
一気に酔いが醒めたみたいにビクッとして、廣瀬が勇次を見る。勇次は睨んでいるのかと思うほど強い眼差しで、たっぷり五秒は廣瀬を見つめてからスイと視線を外し、「手洗いに」と短く告げて席を立ってしまった。
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