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愛しい林檎
日ごとに空が高くなり、澄んだ風がシャツの襟元を涼やかに通り抜けてゆくようになった。佳人と一緒に過ごす、二度目の秋が訪れようとしていた。
土曜日。午前中に仕事を終えた芳崎は、その足で佳人のアパートへと向かった。
渡されている合鍵で部屋に入り、すっかり定位置となったソファの左側に深く腰掛けながら、午後のコーヒーをゆったりと味わう。
この部屋に来ると、いつも心からホッとした。
キッチンのテーブルの上には芳崎への書置きがあった。几帳面な文字はこの部屋の主の性格をそのまま表しているようで、なんだか微笑ましい気分になる。
佳人は今夜芳崎にふるまう料理のための材料を買いに出ているらしい。
今夜はどんなご馳走を用意してくれるのだろう、そんなことを考えるだけで、胸いっぱいに幸せが溢れた。
二人が週末をともに過ごすのはたいていこのアパートだ。たまに佳人が芳崎のマンションに来ることもあるが、芳崎がこの小ぢんまりとした部屋の居心地の良さにすっかり馴染んでしまったため、自然と芳崎が訪れることのほうが多くなった。
佳人も料理を作るには馴染んだキッチンのほうがいいらしく、芳崎の訪問をいつでも歓迎してくれた。
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