愛しい林檎

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 芳崎が部屋に来てから十五分ほどして携帯が鳴った。佳人からだ。 「佳人か、どうした」 『芳崎さん、ごめんなさい。もうウチ来てるよね?』 「ああ、さっき着いたところだ」 『あの、スーパー行こうとしたら(まこと)に会って。今いつものカフェにいるんだ。なんか話しこんじゃってて。ごめんなさい』 「ああ、それならゆっくりしてこいよ。俺は映画でも観てゆっくりしてるからさ」  芳崎は何か心のなかが温かくなるような、安堵にも似た気持ちで告げた。  佳人の義弟である誠はとても心優しい青年だ。だが佳人は幼い頃から、彼のその優しさと素直さに対して、大きな劣等感を持ち続けてきたらしい。  そして孤独な日々のなかで、佳人はそのコンプレックスを必死に抑えながら、誠とのつきあいを続けてきたのだろう。  だが昨年の暮れに起こった様々な出来事では、それまでの抑圧と苛立ちが爆発したようになって、佳人と誠との関係は徹底的にこじれ、一時は断絶寸前という所まで行ってしまった(このことに関しては芳崎も大きく関わっており、佳人を深く傷つけたことを思い出すと、今でも後悔とともに強く胸が痛む)。  だが、雨降って地固まる、とでもいうのか、気持ちをすべてさらけ出したことで、彼らの関係は以前よりもずっと澄んだものとなり、今では佳人も、誠の優しさが本物であることを疑ったりはしていないと思う。こうして誠と会う機会も増えてきているようで、少しずつ兄弟としての心の距離が近づきつつあるようだった。
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