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だが覗き込んだその表情を見た途端、そうではないとすぐに判った。
泣きそうに潤んだ瞳。頬も目尻も驚くほど赤く染まっている。
その顔を芳崎はよく知っていた。見るのは主に「ベッド」の中だ。
つまり佳人は今、「そういう時」と同様に、猛烈に恥ずかしがっているのだ。
『芳崎さん? 大丈夫ですか、やっぱり熱が出たんでしょうか?』
すっかり忘れていた誠の声に芳崎は早口で返した。
「いや、熱じゃないんだ。これは俺が全面的に悪い」
「え…、喧嘩ですか……?」
ひどく心配そうな声で誠が訊く。
こんな風に、誠はいつでも兄を気遣う、とても良い弟だ。
しかしそんな誠でも、さすがに佳人の赤面の理由までは分かるはずもない。
「いや、そうじゃないんだ。でも俺が悪いんだ」
芳崎はみっともなく顔が緩みそうになるのを堪えながら、説明になっていない説明を繰り返す。
『そうですか…? それならいいんですけど』
なおも心配そうな誠に、大丈夫だからと何度も告げて電話を切った。
「あの、佳人…くん?」
芳崎は佳人の前に立ち、緩み切った口許で、ぎこちなく声をかける。そんな芳崎の顔を見て、佳人は泣きそうな目で軽く睨むと、赤みの引かないままの顔を、芳崎の胸に押し付けて隠してしまった。
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