愛しい林檎

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 先ほどの電話でのやりとりが原因なのは明らかだった。こうなることが判っていたから、佳人は芳崎の前で「英嗣」と呼ぶことが出来なかったのだろう。   電話越しなら大丈夫かと思ったのかもしれないが、まったく関係なかったらしい。  ドキドキしながら自分にしがみつく恋人を見おろすと、貝殻のような可愛いらしい耳までが真っ赤だ。  芳崎の名を呼ぶのは、他の人を呼ぶのとは全く意味が違うのだと言われているも同然で、恋人としては嬉しさのあまり笑み崩れるよりほかない。秘かに勇次や善さんに嫉妬していた自分を叱り飛ばしてやりたい気分だった。 「れ、練習していこう? な?」  芳崎がにやけたままあやすように告げると、佳人はいっそう顔を押し付けて、悔しいとばかりに芳崎の肩を軽く叩いた。  (あー、しあわせだ……)  芳崎は満たされ切った想いで、可愛すぎる林檎をひしと強く抱き締めたのだった。
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