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「どうした?」
「焦がしちゃって。ごめんなさい」
「え?」
よく見ると、芳崎の好物である鮭のムニエルの端が確かに焦げている。いつも完璧な料理を作る佳人には珍しいことだ。
けれど気に病むようなことじゃない。魚がちょっと焦げているくらい可愛いものだ。
それでも浮かない顔をしているのは、料理人としてのプライドなのか、芳崎には完璧なものを食べさせたいと思ってくれているからなのか。
そんな佳人の生真面目な所を芳崎は愛おしいと思うが、時々痛々しくも思う。
せめて自分の前でくらい、もう少し肩の力を抜いてくれたらいいのに、と思うのだ。
だがこの日の佳人は、いつにも増して情緒不安定で、その後もグラスを割ったり、ちぐはぐな箸を置いたりと珍しい失敗を繰り返した。
明らかに何かに気を取られてナーバスになっているのが判る。
芳崎は落ち込む佳人をそっと抱き寄せて、「何を考えてる?」と出来るだけ穏やかな声で問い掛けた。
だが佳人は何かを怖がるように芳崎の目を見ようとはせず、芳崎はとうとう佳人の料理の手を止めさせて、リビングのソファへと佳人を座らせた。
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