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「琴音ー、見て見て! 次、蒼太が走るよー」
吹奏楽部の部室でトランペットを吹いていた私に、友人の紗香が声をかける。紗香は数人の女子生徒と一緒に窓辺に集まり、こっちを向いて手招きをしている。
「ほら、琴音早くー。蒼太走っちゃう」
「ちょっとぉ、いま練習中だよ?」
トランペットを置き、少し怒った顔を作って窓辺へ向かうと、紗香が強引に背中を押した。
「琴音部長ー、固いこと言わないの! ね、あれ、蒼太でしょ? 声かけちゃえば?」
紗香の声を聞きながら、ゆっくりと窓の外へ視線を動かす。
四階にあるこの部屋からは、広い校庭が見下ろせた。そしてその向こうには、果てなく広がる青い海。
私はここから見る景色が、この学校で一番好きだった。
「琴音、蒼太と付き合ってるってホント?」
「え、そうなの? いつの間に?」
窓辺から校庭を見下ろしていた、同じ吹奏楽部の女の子たちが言う。
私が苦笑いでごまかそうとしたら、また紗香にせかされた。
「ほらー、琴音。声かけちゃいなって」
「い、いいよ、そんなの。それよりみんなパートに戻りなよ」
そう言いながら、ちらりと校庭を見る。野球部とサッカー部が向こう側を半分ずつ、そして手前の校舎近くで陸上部が練習をしていた。
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