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窓の外から、子どもたちの声が聞こえる。
読んでいた格闘技の雑誌から顔を上げて、はっきりとは捉えられないその音をぼんやりとたどる。笑い声やボールの弾む音に混ざって、聞きなれた女の子の声が聞こえる気がした。
「おまえ、女みたいな顔してるよな。」
「サッカーなんてできないだろ。入れてやんないよ。」
そう言って意地悪に笑う顔。小さな保育園の運動場では、笑い声や泣き声が所狭しとあふれている。それなのに、おれはそのどちらも発することができない。
どうして女みたいと言われるのかも、どうして女みたいな顔だったらサッカーに入れてくれないのかも、よくわからなかった。でも、一人ではサッカーはできない。
困った。
おれはボールを持ったまま途方に暮れる。
怖いわけではなかった。でも、どうしたらいいのかはわからない。
「こらっ、夕希をいじめるな!」
後ろから元気な声が響く。聞きなれた声だ。
「ヒナ。」
おれが名前を呼ぶと、女の子は走ってきておれの横に並び、近くにいた男の子たちをきゅっと睨んだ。
「なんだよ、くすのき。うるさいぞ。」
「あっち行こうぜ。」
ヒナはばらばらと去っていく男の子たちに向かってべっと舌を出してから、おれの方に向き直った。
「夕希、あっちでみんなとサッカーしよ。あんなの気にすることないよ、夕希は可愛くっても男の子だし、サッカーするのにそんなの関係ないんだから。」
そこまで思い出して、おれは目の前でファッション雑誌をめくっているヒナを見る。
そして、年月の流れの恐ろしさというものをひしひしと感じる。
なぜか。
それは、あの時まっすぐにおれを見ておれのことを「男の子」だと言ってくれた彼女が、今現在、一番、誰よりも、おれが「男」だということを忘れているからだ。
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