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翌朝は朝練が休みだったので、久しぶりにヒナと一緒に登校していた。家の近くのバス停を通り過ぎるとき、ヒナが「あ。」と小さな声を上げた。
その声の持つ温度というか、手触りというか、なんとなくふわふわした響きにおれの嫌な予感が発動する。最近何度か味わった感覚だ。
ヒナの視線の先を辿るとバス停に立っている男子高校生に行き当たる。すらりとした長身で、優しそうな顔立ちで、目元は涼しげだ。その風貌と、隣でおれに心を読まれまいと必死に平常心を保ちつつも、どこか嬉しそうなヒナの表情とで、答えは出た。
朝イチで折れそうになる心をなんとか叱咤して、おれはその誰とも知らない高校生を視界の真ん中に捉えた。バスを待っている彼の横を通り過ぎるとき、顔と、制服と、今の時刻を頭に入れる。なぜか向こうもおれの方を見ている。目が合ったので、ついでににっこりと笑いかけた。
ヒナに、近づくな・関わるな・手ぇ出すな。
・・・という念を込めて、それはもう、にっこりと。
相手は驚いたように目を見開いた。頬が少し赤く染まった。
ヒナは通り過ぎるときも特にその高校生と会話を交わすでもなく、どちらかというとあまり彼を見ないようにして足早に歩いた。
今のところ、特に知り合いというわけではなさそうだった。
言葉すら交わさずに、バス停に立っているだけでヒナに嬉しそうな顔をさせられる、背の高い、見るからに爽やかな「男子」高校生。
世界中の逆恨みを寄せ集め、凝縮するような思いで、おれはため息をついた。
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