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「夕希。ここ、よくわかったね。」
「・・・うん。」
「ごめん、今日は遅くなっちゃって。この顔どうにかしないと帰れないから。」
無理に笑おうとするヒナの顔を見ていられなくて、咄嗟にヒナの顔を自分の肩に押し付けた。寒さに冷え切った、軽すぎる感触。
怖かった。
このまま風が吹いたらどこかに行ってしまいそうなヒナを、きっと繋ぎ止められないことが怖かった。
「帰ろう、ヒナ。」
ヒナはおれの肩に顔を押し付けたまま、小さく首を横に振った。
「ちゃんと帰る。でも、この顔じゃ帰れない。お父さんと約束したの。ちゃんと笑顔でいるって。笑顔を忘れたりしないって。ごめん、夕希。探してくれたんだよね。たぶん、あちこち走り回って。」
ヒナが途切れ途切れに放つ言葉が、身体を通り過ぎる。
汗で張り付いていたカッターの肩口がもう一度濡れていく。
そのまま、もっと深く、肌に沁み込めばいいと思った。
刻みつけたかった。
形にはできそうにないこの感触を、絶対に、見失わないように。
その後、ヒナは3日間風邪で寝込んで、その間におれは道場に戻った。
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