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しゃべればしゃべるほど怒りを買いそうな気しかしなかったので、おれは黙っていた。視線だけは、絶対に逸らさないようにして。
師範はしばらくおれを睨みつけた後、不意に呆れたように息をついた。
「おまえの考えていることがわからないわけじゃない。」
意外な一言だった。
このおっさん、空手の師範代なだけじゃなく占い師の副業でもしているんだろうか、と訝る。
おれの考えていることが、今一番わからないのはおれ自身だ。わかるというなら、教えてほしい。
「おまえのことだから、しょうもない賭けや罰ゲームのネタにされている感もなくはないが…。まあ、このタイミングだしな。」
師範はふっとおれの後ろを見るような目線になる。
それで初めて、この言葉の意味が分かる。ヒナとおれがこの空手道場に通い出したのは、ヒナのおじさんと、この師範代が旧知の仲だったからだ。
ヒナのおじさんが亡くなったことと、その娘の、不肖の幼馴染みが突然ふってわいたように道場に戻ってきたこと。
この二つの出来事を目の前の人物がどう関連付けたのかはわからない。それでも、なにかしらつながる部分があったのだろうと感じた。
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