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「夕希、『誰かを守りたい』なんていうのは、お前が思うほど単純なことじゃないぞ。」
威圧するでも、教え諭すでも、憐れむでもない、不思議な声色だった。
おれは視線を落として自分の道着を見る。まだほとんどまっさらで、傷みも汚れもない、道着だ。それからもう一度師範を見て言う。
「『守りたい』んじゃないです。」
「…んじゃ、賭けか。」
被害妄想かもしれないが、師範の顔に「やっぱり」という文字が浮かんだ気がする。このおっさんは、おれのことを一体何だと思っているのか。この苛立ちはいつか空手で晴らしてやる、とりあえずそう決めた。
息を吸い、少しひんやりとした温度を身体の中に落ち着ける。
「『守りたい』んじゃなくて、守ります。」
おれは決めた。ヒナのそばにいるために強くなる。
人の「強さ」はたぶん腕っぷしのことじゃない。でも、今は他に思いつかないからこれでいい。
精神的な支えにはなれなくても、ヒナの本当の辛さを変えられなくても、物理的に守るくらいはできるようになってやる。
そうすれば、ヒナがいなくなった時、あんなに身体が冷え切る前に、半分くらいの時間で見つけられる日が来るかもしれない。
ヒナが涙を乾かす時間を、ゼロにはできなくても、半分くらいにはできる日が来るかもしれない。
ヒナが抱えているものの、半分くらいは一緒に持って歩ける日が来るかもしれない。
そのために、必死になりたいと思った。
「必死」とか、「本気」とかいう言葉の意味を知るなら、そのためがいいと思った。
だから、決めた。
その日、色のないまだ硬い帯を握った感触を、今もまだ覚えている。
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