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「夕希、寝すぎ。」
机の上にミントタブレットの容器が投げられた。カツン、と気持ちの良い音がして、山積みとなったプリントの脇に収まる。ヒナが笑いをこらえきれないような表情で前に立っていた。
「ヒナ…ありがと。」
タブレットを口に放り込むと、レモンとミントの香りが頭の中をすっと一直線に通り抜けた。
「先生、必死で起こしてたんだよ。ああ、おかしかった。」
「そんなに寝てた?あーあ、しばらくはコウちゃんの授業が恐ろしい…。」
去り際の形相を思い出し、ため息をつく。面倒だがこのプリントの束は謹んで提出したほうが身のためだろう。
「課題、手伝ってあげようか?」
ヒナがプリントの束を見ながら言う。おれは耳を疑った。
「マジで!?」
「うん、マジで。ただし、今後一切私の恋愛に手を出さないって誓うならね。」
ヒナはにっこりと微笑んだ。最近のヒナにしては珍しい、いたずらっ子みたいな笑顔。
「じゃあ、いらない。自分でやる。」
わざとはっきり言うとヒナは思いっきり顔をしかめた。今日は表情がくるくる変わる。元気な証拠だ。
「懲りない奴め…。いいよ、一人で万年寝不足になっていれば。」
さりげなくひどいことを言ってヒナはそっぽを向いた。本気で怒っているわけじゃない。でもおれがここで笑い出したらきっと怒るだろう。そう思いながらも緩む表情をどうにもできなかった。
ヒナがちゃんとここにいて、いつも通りのお気楽なやり取りをして、のんきにおもしろがったり怒ったりしている。今日のトレーニングは、いつもの倍以上のメニューをこなせそうな気がしてきた。
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