Hina Side4:灯台下より隣は暗し

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「続いて表彰伝達を行う。名前を呼ばれた者は返事をして壇上に上がりなさい。」 全校集会の体育館は、初夏の熱気と気怠さであふれている。司会の先生の声が、列をなす生徒たちの耳と頭を器用に避けながら生ぬるい風に溶けていく。昼休みに友達と話していた、最近駅前にできた雑貨屋のことをぼんやりと考えていると聞きなれた名前が呼ばれた。 「県春季大会、空手道組手の部、Aブロック1位、2-C瀬戸夕希。同じく3位、2-C 林田修一。」 ななめ後ろから、空手部主将の林田君が、力強い声で返事をして舞台に向かって歩いていく。その後姿を見ながら、最近絶好調らしい幼馴染みの声が聞こえないことに気づいた。 「夕希、呼ばれてるよ…」 小声で言って振り返ると、奴はそこにいた。 相変わらず麗しい黒髪は後ろで束ねられ、長いまつ毛の繊細な影が閉じられた目元を覆う。物憂げに薄く開かれた唇から微かに息を吐き…夕希は爆睡していた。立ったまま。私と同じように周囲を見渡したクラスメートが絶句し、それからざわつく。 背後からいぶかしげな表情をした現代文担当の河野先生が夕希に近づき、覗き込んで何とも言えない表情になる。良識ある人間を極限まで呆れさせたらこういう表情になるのだと、私は悟った。 河野先生は、司会の先生がもう一度夕希の名前を呼ぶ音に合わせて手に持っていた出席簿を持ち上げ、夕希の頭上でスナップをきかせて振り下ろした。
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