case1 リコリスの女

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「良いのですか 」 少女の涼やかな声音は雨音が響く書斎に凛と広がる。 銀灰色の髪がさらりと揺れ、首がこてりと傾げられた。 「良いか、悪いかで言えば、多分良くない 」 リュシルは先程までいた真紅の女との契約書を見つめる。それは何時か交わした契約書よりずっと分厚くて そして、重かった。 依頼は、人体の完全な人形(機械)化。 人にもっとも近しく、しかし人ではない。その禁忌の最奥。かの有名な反逆戦争を引き起こした人形達もこの技術によって生み出された産物だったという。 有機機械技術。そして、禁忌の最奥と云われる、生きている人間の脳の神経ニューロンの完全データー化。そしてそれを利用した縛りの無い最も人間に近い人形の製作。それらは最も先端でありながら、最も忌まわしき技術。 もし、この技術を使って禁忌のバケモノとでもいうべき人形を生み出せばどうなるかなど明白だ。 一応とはいえ、カティエの街を守る、“自称” 治安維持機構である 『保安局()』は言わずもがな。闇技術師や闇商人の存在自体はある程度容認している 人形を作る技師や研究者達の総本山 『 技術師会 』までもが敵に回る。 だが、 けれどだ。 リュシルは膝に置いた片手を強く、強く握りしめた。 「なあ、ファルシュ 」 「ええ、何でしょうか? 」 時々思う。 こういう時、淡々と此方を見つめる彼女が憎いと。 息を一つ吸って、ゆっくりと吐く。 そして、へらりと嗤っていつも通り煙草に火を灯した。 「僕はさ、どんな依頼を断らないんだよ。残念ながら 」 「そうですか。ならば私はお手伝いするのみです 」 優雅にカテシーを決める小憎らしい彼女を見てリュシルはぶっきらぼうに返事を返した。 「そうかい。ならば、こき使ってやらないとねえ 」 だが、時にこうも思う。何も問わない彼女だからこそ僕は救われたのではないか。と。 深く吸って、吐き出した煙がゆらゆらと空を泳ぐ。 「きっと、明日から忙しくなる 」 ぼうっと、空を見つめて呟いた言葉に対して銀灰色の彼女は黙して何も語らなかった。
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