プロローグ 人ノ形屋と云う噂

2/5
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ
人形〈ドール〉 それは人格をもった人形たち。 2549年に起きた人間対知性を持った機械の戦争ー反乱戦争ーから30年。人格___いや、心といったほうが良いのだろうか、 一般にいう人格モジュールを搭載したヒト型機械の製造は禁忌とされていた。そして、いつのまにか人間そっくりの人形も少しずつ廃棄されていった。 しかし、暗い倉庫の中に整然と吊り下げられたソレは老若男女様々な形をした機械人形。ランタンの光に照らされて映し出される姿形は余りにも“ヒト”らしかった。 遠い昔、ある街に禁酒法というものがあったらしい。しかし飲酒は横行していたという。それと同じことだ。ココロを持つ人形は需要がある。だからこそ、ヒトに似過ぎた彼らは今日も薄暗いどこかで誰かが取引されているのだ。 「まったく、気味が悪い。こんなシケたニンギョウが飯のタネになるとは世も末だねえ」 紫煙をくゆらせ、青年は言う。古来から煙草と言われて親しまれてきたソレは電子吸煙機が主流となった今でも好む人は多い。 前を先導して歩くメイド服の少女は後ろを振り返ってこてりと首を傾げた。 「それを貴方がいうのですか」 「僕にはキミたちを下品な目で見たり、後ろ暗いことに使う変態どもの気持ちはわからないからねえ」 肩をすくめる青年は目を細めると小さくつぶやいた。 それに対して美貌の少女はため息を一つ。 「それにしてはこき使ったり、飯の種にしたりしてますが 」 「そうだね、でも僕はその分人様の幸せのために使っているだろう?」 「それはどうでしょうかね 」 そう言い捨てて少女はクルリと前を向いた。 そんな彼女様子に彼は小さく笑って言葉を続ける。 「さてもうすぐ玄関に着く。雑談は終わりだ。ファルシュ仕事の時間だよ 」 「かしこまりました」 手に持った明かりをゆらゆらと揺らして小走りで扉の前へ行く彼女の後姿を傍目に、青年―リュシル―は薄く嗤う。 「さて、さて。今宵のお客さんはどんな人かなあ」 吊るされた人形たちは目を閉じたまま何も応えない。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!