case1 リコリスの女

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窓の外は生憎雨だった。 しとしとと降るソレは、朝から晩まで静かに空から落ち続けていた。 雨の日は客入りが悪いと多くの店は言うが、この店は例外だ。そもそも開店するのが真夜中、いや開店しているかもわからない鄙びた店だ。だが、いつもの調子であれば1人くらいは来るだろう。半信半疑であの噂を信じた人間が。 ふうっと息を吐けば、いつもより濃い煙草の白煙がぷかりと宙を漂う。 「リュシル、お茶です 」 「ああ、ありがとう。ああ、あと今日は雨だけど一応、来客の用意もお願いするよ 」 「わかりました 」 相変わらず無表情な美貌の助手ーーファルシュは、これまた無感情な声音で返事を返してきた。 旧英国風の客間に紙をめくる音と紅茶を注ぐ音、そして雨音だけが静かに響く。 コトリと置かれたカップに口をつければ柑橘の爽やかな香りがふわりと広がる。 「今日はアールグレイかな?」 「ええ、先日までの茶葉がなくなったので倉庫の戸棚にあったものを使いました 」 「そうか 」 「何か不都合が?」 「いや。そういうわけではないよ。」 最近行うようになった、コテリと首をかしげる動作をする彼女を傍目に、リュシルは誤魔化すように苦笑した。流石にこんな場所で彼女の過去を揶揄するような言葉は言えない。 「そういえば、ファルシュ。その首を傾げる仕草どこで覚えた? 」 話を変えようとそう聞けば、彼女は書斎の本棚からショッキングピンクの小冊子を取り出して相変わらずの無表情さで言葉を紡ぐ。 「常連のお客様から頂いた本に記載しておりました。『覚えて女の子の奥義★モテ子の仕草100選! これさえ覚えておけばみんなイチコロ♪ 』だ、そうなのですが結果は芳しくなさそうですね 」 常連.....思い当たる人物には制裁が必要だとリュシルはため息をつく。 「あ……あ、ああそうか。ちなみになんで僕にやったか教えてもらっても? 」 「実験には異性の協力が不可欠との記載がありましたので」 「そうか…… 」 「では、研究のため心拍数並びに血圧上昇具合、それと……」 抑揚もなく淡々とそう言うファルシュはいつも本気だ。何故か手を手をわきわきと動かす彼女に対し、リュシルは引き攣った笑みで慌ててその手から体を遠ざける。
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