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波の音が聞こえていた。
ここに住んでいる人間なら、毎日当たり前に聞いている波の音。
太古の昔から途切れることなく続く、寄せては返す子守唄。
でも、僕の耳に聞こえていたのは、静かで穏やかな波ではなくて、荒れ狂う高波が不規則に打ちつける、うなるように大きな灰色の波の音だった。
僕の家は海から歩いて5分もかからない場所にあるけれど、普段家の中にいるときにここまで波の音が聞こえることはない。
この音は僕の頭の中だけで鳴っているんだ。
あぁ…あの日の波か。
それで、またあのときの夢を見ていたんだとわかった。
僕の背より、はるかに高い大きな波が、飛沫を上げてうずまいている。
灰色の空に灰色の砂浜。
僕の記憶を塗りつぶす暗い海。頭の中をいっぱいする、潮の香り。
これは、夢だ。
潮の香りを追い払うように頭を振り、僕は深呼吸をした。
一回…二回…
やっと、速い胸の鼓動が収まってきた。
目を閉じたまま、そっとまぶたを確認する。
大丈夫。濡れてはいなかった。
安心して息を吐いて、目を開けた瞬間。
枕もとでスマホの着信の音が鳴った。
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