第一章 雪ノ下

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 波の音が聞こえていた。 ここに住んでいる人間なら、毎日当たり前に聞いている波の音。 太古の昔から途切れることなく続く、寄せては返す子守唄。 でも、僕の耳に聞こえていたのは、静かで穏やかな波ではなくて、荒れ狂う高波が不規則に打ちつける、うなるように大きな灰色の波の音だった。 僕の家は海から歩いて5分もかからない場所にあるけれど、普段家の中にいるときにここまで波の音が聞こえることはない。 この音は僕の頭の中だけで鳴っているんだ。 あぁ…あの日の波か。 それで、またあのときの夢を見ていたんだとわかった。 僕の背より、はるかに高い大きな波が、飛沫を上げてうずまいている。 灰色の空に灰色の砂浜。 僕の記憶を塗りつぶす暗い海。頭の中をいっぱいする、潮の香り。 これは、夢だ。 潮の香りを追い払うように頭を振り、僕は深呼吸をした。 一回…二回… やっと、速い胸の鼓動が収まってきた。 目を閉じたまま、そっとまぶたを確認する。 大丈夫。濡れてはいなかった。 安心して息を吐いて、目を開けた瞬間。 枕もとでスマホの着信の音が鳴った。
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