3人が本棚に入れています
本棚に追加
「シェリル」
お姉ちゃんは厳しい顔で私の名前を呼んだ。私もちょっとまずいと思った。
「ウチに泊まりに来るお客さんは、これから命がけで魔王に立ち向かっていくの。ここで食べる食事が、最後の晩餐になるかもしれないの。だから、うれしい気持ちで食べてもらいたいのよ」
お姉ちゃんたちにも、お父さんにもお母さんにもいつも言われていることだ。
「それは……、わかってる」
ウチの宿屋のモットーは、『最後になるかもしれない時間を楽しいものに』である。ここから魔王の城に行くということは、そういうことである。
魔王の城に最も近い村の宿屋の宿命とでもいうのだろうか。ウチの泊まったお客さんは、魔王の城に向かって行くと、あまりここには戻ってこない。
魔王討伐に成功した人はほとんどいなくて、失敗した人は報告に来てくれない。だから彼らがどうなったのか、私たちは知らない。
報告に来ないということは、知られたくないということで、それならば知らなくていい。
それでも、今、ウチの宿屋にいる時は、最高の時間に。大々的にそれを前面に出すのではなく、さりげなく居心地よく過ごしてもらう。
最初のコメントを投稿しよう!