序章 いつも僕は二人だった。

1/6
31人が本棚に入れています
本棚に追加
/129ページ

序章 いつも僕は二人だった。

 西暦2025年7月10日。今日も夜空には黒い月が浮かんでいる。 「お陰で世の中真っ暗闇だね」  五年前に突如現れた巨大で真っ黒な月は、地球に降り注ぐはずの太陽の光も≪本当の月≫の明かりをも完全に阻み、引力を歪ませ、この星を暗黒の世界に変えてしまった。 「やっぱり誰も残ってないね」  友(ゆ)希(き)と、すでに亡くなった両親に名付けられた少年は一人、かつてこの都市の中核郵便局であった頑丈な構造物の屋上に立ち、あたりを見まわしていたが、いくら目を凝らそうとも枯れ果てた木の枝が僅かに風に揺れているだけの風景が、装着した暗視スコープ越しにひろがっているだけで、生きている人の気配はまるでしてこなかった。 「ここの人たちは事前情報通り、食料があるとか怪しい噂が流れてる西に向かって、とっくに去ったみたいだね」  友希は足音を出さないように注意しながら、屋上を素早く一周して脅威の有無を目視で確認したあと、自身に与えられた機体である『24式機動装甲体』のコックピットに潜り込む。 「指向性浮遊情報供給体チェック。…確認。多目的ドローン、無音で射出するよ」 ≪了解だよユキ。設定直上二千。射出用意≫  24式に搭載されたAIの『リンネ』が、友希の指示を受けドローンの射出準備を始める。  ポンッ。  濃緑色と枯草色で適当に迷彩された機体背部の短い筒から、第二次大戦中の対戦車兵器のPIATの発射音に似た軽いバネの音を残し、円筒状に折り畳まれたドローンが打ち出され、夜空に上がり四枚の腕を伸ばしペラを駆動させた。 「目標点まで辿り着くのにまだ少し時間があるね。リンネ、僕が留守だったあいだ異常はなかったかい」 ≪なにもないよ、なにもね。生命反応もだけど≫ 「それは良かった」  去年暮れの量産開始から、既に一万体は製造されたらしい24式機動装甲体に搭載された標準型AIである『リンネ』に僕は話しかけ、それに対して『リンネ』は、まるで人間の受け答えみたいに気軽に応じてくれる。  
/129ページ

最初のコメントを投稿しよう!