アンナからの挑戦状

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 四月になった。世間では新年度の開始である。  わが社でも部署の移動等が若干ある。  特に総務部(ウチ)に一時預かりになっている社員の数人は、新規事業の展開に合わせて、数日前に俺の事務所から出て行った。  全員が出勤することの珍しい事務所のデスクには、空席が目立っている。 「何か、寂しくなりましたね」  裕太がブラックコーヒーを手に、俺のデスクにやって来た。 「お、すまんな」  確かにデカイ図体の男達が二、三人消えただけで、妙に広く感じる。 「空いた所、新しい人が来るんですか?」 「ああ……恐らくな」 「うわああっ!」  突然、オレンジ色のスーツを着た人相の悪い男――金岡が、デスクの椅子をはね飛ばして立ち上がった。 「どうしたんスか、金岡さん?」  隣席の波元(なみもと)が、マイペースに間延びした口調で静寂を破る。 「アンナが……別れるって、メール送って来やがった。何でだよ……急に」  立ち尽くした金岡は顔面蒼白だ。  アンナというのは、奴の彼女だ。いつだったか、同棲して五年になると言ってたが、遂に愛想を尽かされたらしい。 「マジっスかぁ?」 「ああ……だけど、何か訳分かんねぇこと言ってんだよ」 「訳分かんないこと? メール、ちょっと見せてもらっていいっスかぁ?」 「あ――あぁ」  握っていたスマホを、隣の波元に渡し、金岡は文字通り頭を抱えた。 「何でだよ、アンナ……夕べだってあんなに激しかったのに」  金岡は図体に似合わぬか細い声で呻きながら、机に伏せた。奴には申し訳ないが、沈痛を通り越した有り様は、反って滑稽にも見えてしまう。  と、突然、波元がゲラゲラ笑い出した。 「――お、おいっ!」  こめかみに青筋を立てた金岡が、波元を睨む。 「ユーモアあるじゃないスか、アンナさん!」  そう言って、波元はスマホを返した。  しばらく画面とにらめっこしていた金岡だが、波元に何事か囁かれると、みるみる血色を戻して笑顔になった。 『駅にいます。今までありがとう。プラチナの、リングをくれる約束だったでしょ? ルールの守れないあなたとは、夫婦になる夢は見れません。恨まないでね。留守中に出て行きます』  金岡の彼女、アンナという女性は頭の回転が早いのだろう。  奴には勿体ない――というのが、全員一致の感想である。 【了】
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