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男との出会いは今から十年前、七月上旬にまで遡る。
盛夏の燃え滾る太陽が本格的な夏の到来を告げていた。夏休みもいよいよ目前に迫る中、当時まだ学生だった広夢は、受験に向けて組まれた塾のスケジュールにうんざりしていた。
この日は確か、半日授業を終えた後、降り注ぐ強い日差しから逃れるようにして、秘密の場所へと立ち寄った。
そこは街の中心地から少し離れた高台に位置する無人神社で、広夢お気に入りの場所でもあった。
「ほんと、面倒くさい」
古びた小堂前の階段に腰掛けた広夢は手帳を開きながら愚痴をこぼした。ギッシリと埋め尽くされた予定に嫌気が差した。その手帳を邪魔だと言わんばかりに学生鞄へと押し込む。
(誰もいない……って、当たり前か)
この神社には管理者が存在しているとの噂だが、訪れる人は滅多にいなかった。寂れた雰囲気に加え、周囲は沢山の木々に覆われていた。昼間にも関わらず薄暗い空間は不気味さすら呼ぶ。
しかし広夢は違った。涼しげな空気が漂うこの場所はまるで異空間だ。都会の耳煩い音は一切聞こえない。代わりに響くのは、たくさんの蝉が大合唱する声と、吹く風で揺れる木々のざわめきだった。鼓膜が自然の音に喜んでいた。心地よかった。
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