男との出会い

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(ああ、夏がきた……)  音を五感で味わった。木々の合間から覗く空を仰いだ。気持ちが荒んだ時は一度心をリセットし、全身で自然を感じる。それが広夢の習慣だった。それでも今日はなかなか気持ちが晴れない。  塾の追加スケジュールは母が勝手に申し込んだものだった。今日も夕方から塾だ。しかも、夜九時までのコースだ。  期末テストの出来は悪くなかったはずだが、母は納得しなかった。その結果、来月に塾で実施される泊まりがけの夏期講習を組まれてしまった。  基本的にどの教科も高得点で、志望校を目指すには申し分ない。しかし、母から言わせると英語の点数が平均以下だったのが駄目だとか。八十八点を獲得した広夢からすれば、何故といった不満が募るが、勉学に厳しい母がノーと言えばノーなのだ。  有坂家の二人兄弟の次男として生まれた広夢にとって家庭は窮屈な場所だった。  父親は真面目で厳格。  都内の大学病院で放射線科専門医として勤務し、部長の任に就いている。休む暇すらない忙しい日々だ。先義後利を座右の銘とし、医療での画像の診断の重要さを訴える発信力のある人物だ。父の事は尊敬しているが、広夢からしてみれば完璧すぎて、昔からどこか遠い世界の人のように思えてならなかった。
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