※プロローグ

3/9
前へ
/366ページ
次へ
   生温い夏の夜風が鬱陶しいと、車通りの多い歩道を歩く一人の青年がいた。  その青年、有坂広夢(ありさかひろむ)は、日本特有の湿気が含まれた熱気に息苦しさを覚えながら、額に滲む汗を前髪と一緒に手の甲で拭った。  そこから現れたのは整った眉に、長い睫毛の奥に隠れた二重の双眸だ。少し垂れ目な事から、気弱な印象はあるが、街灯りに反射した瞳は綺麗な輝きを宿していた。    歩調に合わせて靡くのは柔らかで艶やかな黒髪だ。白い肌を際立たせていた。いや、青白いといった方が当てはまるのかもしれない。  身長は百七十センチほどで、体型はスリムな方に分類される。全体的に整った容貌である事から実は隠れた美青年だ。しかし、どこか雰囲気は暗い。加えて存在感も薄い。そんな認識で広夢は二十五年間生きてきた。控え目な性格も因となっているのだろう。良いように言えば慎ましい、悪く言えば地味と言ったところだ。 「暑いな……」  無意識に呟いて、スマートウォッチを確認した。二十三時と表示されていた。もうこんな時間だと、さらに憂鬱な気分となった。ここのところ残業続きで疲労が抜けない。超過手当だけは、ちゃんと支払って欲しいと心で願うばかりだ。
/366ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2525人が本棚に入れています
本棚に追加