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静寂に包まれた時間が訪れた。
地面を打つ雨音は一層激しくなっていた。崇之は一心不乱に広夢を描写している。動かす手は驚くほど早かった。
(どうして僕なんか描くのかな……)
理由を模索したところで、崇之は手を動かしたまま問い掛けてきた。
「広夢くんさ、本当に恋とかしたくないの? 今まで誰も好きになった事はないの?」
「どうして、そんな事を……聞くのですか?」
崇之から恋愛話を持ちかけられたのは、これで二度目だ。
「いいから俺の質問に答えて。そうでないと、広夢くんの内面まで描けないんだ」
「内面?」
「うん、内面。心の壁を全部取っ払って、本当の君を俺に見せてよ」
「本当のって、僕、崇之さんには心を開いてて……」
「じゃあ聞いていい? さっきの視線は、どういう意味?」
言葉は遮られて再び質問を受けた。
「どういう意味って、何も意味なんて……っ!」
ほら、やっぱり崇之は見抜いている。広夢の声が酷く震えていた。
「違う。俺が求めているのは、そんなのじゃない」
崇之がここでスケッチを止めた。
「求めるって……崇之さん?」
彼が何を言いたいのかわからなかった。雨が勢いを増した。夏の熱気をも吹き飛ばすような雨が体温を奪っていくが、肌寒さなど感じないくらいに広夢の胸は熱かった。
「……俺もね、そうなんだ」
「……え」
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