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子供の泣き声が聞こえた。
それと共に感じた懐かしいような甘い匂い。
一体どこから泣き声は聞こえてくるのか、この薫りはなんなのかと、導かれるように駆け出した。
その建物はとても広く大きくて、自分の暮らす家などおそらく10軒くらい余裕で入ってしまうのではないかというほど広かった。
ここへ一緒に来た母には、あまりうろうろしてはいけないと釘をさされていたが、好奇心には勝てない程度に自分はまだ幼かった。
「見つけた!」
薫りと声を辿っていけば、発生源は同じだったようで自分の声に驚いたのだろう、少年は驚いたように泣き止みこちらを見上げた。
「だれ?」
「お前こそ誰だよ。なんかすごい甘い匂いがする、なんかお菓子でも持ってるのか?」
少年は怯えたように首を横に振った。
「甘い匂いなんてしないよ。でも君からは蜜柑みたいな匂いがする」
「そうか?俺はそんなの感じないけど…」
お互い感じている薫りが違うようで、何故そんな事が起こっているのか分からず当惑した。
「お前なんで泣いてんの?そもそもここ、子供は入っちゃ駄目なんだろ?」
自分の事は棚に放り投げて少年に問うと、思い出したように彼はまた瞳を潤ませた。
「だって母さまが僕のこと知らないって言うんだ…僕のこと見ても「誰?」って不思議そうな顔するの。僕母さまの事忘れたことなんか一度もないのに…」
少年が再び泣き出すとますます甘い薫りは広がって、鼻をくすぐる。
この匂いの発生源はこの少年なんだと理解するのにそう時間はかからなかった。
「俺はエドワード、お前は?」
座りこんで泣きじゃくる少年の顔を覗き込んで問うと、小さな声で「アジェ」と返事があった。
なにやら名前に聞き覚えがある。あぁ、こいつこの家の子だ。
自分より幾つか年下であろうその幼い子供は大きな瞳を潤ませてぐずぐずと泣き続けている。そして声を上げるたびに広がる甘い薫りに居ても立ってもいられなくなった。
「泣くな!」
アジェはびくりと身を竦ませる。
怖がらせるつもりではなかったのだが、元来気が強い自分の声はアジェには怒っているように聞こえたのだろう、大きな瞳は潤んだままだったが膝の上でぎゅっと拳を握り少年は泣くのをやめた。
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