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「…今月の目標についての報告の会議が4時からです。その後5時半から移動、6時から始まる松島コーポの記念パーティーに出席。というのがこの後の流れです。パーティーについては…」
社長室の無駄に大きい窓からは外の様子がよく見える。その窓を横目でちらりと見て、昨日の夜から降り続いている雨が、相変わらず降っていることを確認してから、また意識を椎名に戻した。
今日の俺のこれからの予定を話す秘書の椎名は手元の書類に目を落として話している。
ここ最近、仕事が立て込んでいたせいかその整った涼しげな顔には疲労の色が現れている。
「…社長、高宮社長!聞いてますか?」
違うことを考えていたのがばれたようだ。
「聞いてるぞ。パーティーで松島コーポの社長に挨拶して、食事の約束を取り付ける。あわよくば取引まで持っていく。」
「…あってますけど。そんな身も蓋もない。」
椎名が顔をしかめている。
「世の中そんなもんだろ。」
と苦笑する。
「まあ、いいです。今夜のパーティーには他にも各界の有力者が出席する予定です。」
めんどくさいな、と思う。今夜のパーティーはそれぞれの人脈作りや取引があちこちで行われるだろう。俺自身もそうしなければならない。
相手に気に入られるために愛想を振り撒き、腹の底では探りあい。会社の重役たちの集まりなんてそんなものだ。実力だけでやっていけたらいいのにといつも思う。あんな狸じじいどもと一緒になってやらなければいけないなんて本当に嫌な世の中だ。
「…間違っても、他の場所で狸じじいども、なんて言わないでくださいよ?」
「…ちょっと怖いな、お前。エスパーか何かか?」
「真顔でふざけないでください。口に出てましたよ。」
俺は無意識のうちに文句を口に出していたらしい。椎名の渋い顔がもっと渋くなる。
「ほんとに松島社長の機嫌は損なわないでくださいよ。あなたは昔っから気に入らない人の言うことは聞かないから。」
俺は何も答えず肩をすくめて返事の代わりにした。
結果として、俺は松島社長の機嫌を損なうことはなかった。
というか松島社長まで俺がたどり着くことはなかった。
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