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奈月の陣痛が始まったとの知らせを受けたのは昼頃だった。すぐに行かなければと慌てる俺に対して椎名は冷静で「後は任せてください」と頼もしく送り出してくれた。
病院に向けて車を運転する。普段通りではなく、うろたえている自覚がある分慎重になった。
病院に足早に入り、産婦人科へ急ぐ。この病院は奈月のかかりつけで、Ωの男の出産も多く扱ってきているらしい。だから安心して預けられると頭では分かっていてもどうしても気が逸った。
すぐに奈月の病室へ辿り着く。ナースの説明によれば、まだ出産に至るまでではなくこれから時間がかかるそうだ。
扉を勢いよく、だが静かに開けて真っ先に目に飛び込んできたのは奈月の姿だ。
白いベッドの上で顔を歪めて必死に痛みを逃がしている。その苦しそうな様子に思わず俺も顔を歪めた。
「奈月」
控えめに声をかける。
「万里?来てくれたのか」
声だけで俺だと反応してくれた奈月は閉じていた目を開いた。慌てて近寄る。
「奈月、大丈夫か?」
聞いてから内心舌打ちをする。こんなに苦しそうなのに大丈夫な訳があるか。
そんな俺の心情を読み取ったのか奈月が微かに微笑した。
「俺は大丈夫だからそんな心配すんなって。まだそこまで痛くない」
「そう、か。」
この状態でまだそこまで?だったら出産の時はどうなってしまうんだ。内心大荒れの心情を押し隠していつも通りを装う。奈月の不安を俺が煽りたくはない。
「何かして欲しいことは?」
奈月が考える素振りを見せる。なんでもいい、なんでもするからして欲しいことを言ってくれ。…でないと俺がだめだ。
「…万里は会社に戻らなくてもいいのか?」
心配そうに聞いてくる奈月。こいつはこの状況でもこんなことを心配してるのか。こいつがこういうことを言うたびに俺はまだまだ至らないなと思う。
「あぁ。産まれるまでここにいる」
「じゃあ…背中さすってくれない?後…手繋いでて」
ほっとしたように言う奈月にあぁと即答する。そんなことならいくらでもしよう。
希望通り背をさすってやると少し和らいだ表情で奈月は目を閉じた。これで奈月の苦しさが和らぐならずっとさすっていられる。壮絶な痛みを少しでももらえればいいのにと思う。だが俺には一生わかり得ないものだ。奈月の膨らんだ腹に目をやる。早く元気に出てこい、自分らしくもなくそう念じた。
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