59円目の幻想

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59円目の幻想

大学の正門を潜り抜けた左手すぐに中庭がある。僕は時々そこで立ち止まる。春になると、その3本の木はそれぞれ奇跡的なほど鮮やかな緑と白と薄桃色の葉や花をつける。 この色は自分にしか見えていないのではないか、と疑わざるを得ないのは、僕が知る限り僕以外にそこで足を止めている人間なんて誰一人いなかったからだった。 そして実際に誰の目にもその奇跡は映っていなかった。 彼女は、生涯独身を貫くつもりよ、と言った。そして、でもと付け加えてこういった。 「二十歳になったら結婚しましょう。」 その言葉の意味が今になって少しだけ分かったような気がした。君は二十歳を迎えることができなかった。そして、彼女はそんな未来のことを誰よりも正確に予測していた。 枯れた葉に紛れて転がってきたマスクが木の根本に引っ掛かっている 彼は、ただただそこに立ち尽くしていた それはまるで、長く延びる影と足の裏がぴったりとくっついてしまって動けなくなっているかのようだった ―完―
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