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本当に好きなものを食べられないからなのか、甘味を摂取していないからなのか、一度頭に血が上るとなかなか熱が冷めない。一人でいる時は音楽などを聞けば冷静でいられるが、学校ではそうもいかない。
せめて静かな場所でじっとしていようと、よく昼休みの図書室は利用している。
静かだし、他人に干渉しない環境が、落ち着きを取り戻してくれる。
カラカラと扉を開けて中に入ると、独特な古い本の香りが鼻をくすぐる。
本棚の間を抜けて、一番奥の人気のない壁際まで行けば、わずかな足音さえも聞こえない場所に出る。
段ボールが山積みされたそこは、美麻にとって絶好の息抜きの場所だった。
ただし、先客がいなければの話だ。
先に誰かがいたら、すぐに場所を変える。人気のない図書室の隅。カップルの逢瀬の場所として利用されていることもある。
今回は、なんと噂の教育実習生、風見桐吾が一人で壁にもたれて本を開いていた。
スーツを着た割とイケメンな顔立ちなので絵になる光景ではあっても、頭に血が上っている状態の美麻にとっては邪魔な存在だとしか思えない。
なぜいる。
口から出そうな言葉を必死に飲み込んで、その場を去ろうと一歩足を後ろへ引く。
「用があるんだろう?」
潜められた声が桐吾のものであるとすぐに分かった。
本から顔を上げると、ぱたんと閉じられる。
「俺が去るから、君がここにいるといい」
「あ、いや、別に用があるわけじゃないんですが……」
「そうなのか?」
咄嗟に出た言葉に後悔したが、美麻は本棚に本を戻そうとして動きを止めた桐吾を見て訂正するのを思い留まった。
友達といるのが疲れたとは言い辛い。
言い淀んでいるが、理由を聞こうとはしない桐吾に焦っていた気持ちが消えていく。
一線を引かれているような気がして、という意見に多少嫌な印象を受けていたけれど、今はそれが心地よい距離間を作っているのだと理解した。
意識してはいないのかもしれないが、なるほど生徒たちからの評判を裏付ける要素には成り得た。
ふと、桐吾が何を読んでいるのかが気になって覗き込んでみれば、世界史に関する資料だった。
さすが教師を目指しているだけあって真面目だな、と思っていると、本は閉じられたままだった。
「ここ、俺が高校時代によく居付いていた場所で……今は君の特等席?」
無表情なのにどこか笑顔が見えたように感じた。
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