第1章

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 誰にでも優しい顔をするのではなく、どこか冷たく接している感じではあっても、そこがむしろ他の教師とは違うとさらに好感度が上がっていた。 「じゃーん。見て! コンビニで見つけた新商品!」  三時間目の後の休み時間は、昼休み前とあって教室の中にお菓子の袋がそこかしこで音を立てる。 「あ、それ昨日買った。先週出たやつでしょ?」 「なぁんだ、知ってたのか……。美味しいやつ?」 「美味しいやつだよ」  仲間内のやりとりを終始眺めているだけだった美麻の前に、ずいとお菓子の小袋が差し出される。  見るからに甘そうなチョコレート菓子の包装に、嬉しい気持ちと複雑な感情が混ざる。 「はい、美麻」 「ありがとう、有紀ちゃん」  高校二年の途中で仲良くなった三ノ瀬有紀は、美麻に味覚障害があることを知らない。有紀だけではなく、家族以外のほとんどの人は美麻が甘味を感じ取れないことを知らない。  せっかくの好意は無駄には出来ない。だが、目の前で食べてあげるほど、怖いもの知らずでもない。  もしも見当違いの感想を口にして、味覚障害を思わぬ形で知られたらと思うと、不用意に食べられない。  美麻は苦味が得意ではない。甘いと分かっている食べ物を食べて甘い表情ではなく顔を顰めてしまうのも忍びない。友達がくれたものに、嫌な顔はしたくなかった。  もくもくと食べ始める友達の感想の言い合いに混ざれなくても、誰も気にする人はいなかった。美麻はそっと貰った小袋をスカートのポケットに入れた。  昼休み直前の四時間目の授業は数学だった。  何度か聞こえる空腹を告げる音には笑いを堪えるのが大変だと、数学担当の洲壁が雑談の多い授業の進行をしていた。  昼休みには食後のデザートだと称して手作りのお菓子が配られる。お菓子作りが趣味の友達はクッキーやマフィンなどを週の半分以上作って持って来る。  今日はチョコレート菓子も配られたのにと笑顔を浮かべる美麻は、図書室に行ってくると自然を装って教室から逃げ出した。  女子高生はどうして甘いものばかり食べるんだろう。  私は食べられないのに。  廊下を進み、階段を上ったり下りたりして図書室を目指す道すがら、美麻はイライラしていた。
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