二章 正義という呪い

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 「言うねー。ちょっと泣いてたんじゃないの、あの子」  女は遠ざかっていく千鶴の背中を見つめながら、どこか楽しげな口調で言った。  そういえば、いつの間にか理一の姿が見えなくなっている。先に帰ってしまったのだろうか。  「で、今のは……元カノさん?」  「そうみたいです」  「どういうことよ『みたいです』って。あなたもしかして、自覚無しに色んな女の子を同時攻略しちゃう感じの人?」  「…………」  唯史は彼女の質問に返答したことを後悔しつつ、その言葉を無視して歩き始める。女も早足で追い付いてきて、肩を並べる。  「違う……となると、あの子の発言の『唯史があたしのことを忘れてても』の部分が関わってくるのかしら。何かの比喩でないとするなら……君がとてつもなく忘れっぽいか、思いもよらないタイミングでその記憶が失われてしまったか?」  そうやって独り言を呟きつつ、彼女は唯史を捉えた視線を片時も逸らそうとしない。  「前後の文脈から考えると、後者の方が有力ね。そうなると……記憶喪失、それとも精神的な疾患か……」  「…………」  「なるほど。記憶喪失、そっちが正解ね?」  「……俺は何も言ってませんよ」  「君が口からものを言わなくても、至るところから証拠は湧いて出てくるのよ、少年」  女が唯史を見上げて、得意気な笑顔を向ける。
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