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「にしても記憶喪失だなんて、お話の中でしか見たことがなかったけど居るところには居るのね。……であの子は、記憶を失う前のあなたの恋人というわけか」
「……どこまでついてくるつもりですか」
「そりゃ君が歩き続けるならどこまでもよ。それが目当てでここまで来たんだもん。と、いうことで……」
女はスーツの懐に手を差し込んで、中を探る。
「はい。私、こういうものです」
唯史は目の前に差し出された一枚の名刺を受け取る。そこには大きく『探偵 功刀恵那』と記されていた。
(読めない……)
「れっきとした探偵であります」
「……現実に存在するんですか、そんな職業」
「するわよ。ほら、この街って結構治安が悪いじゃない?非行少年達が例の事件に関わっていないか、って考えていてね。色々情報が欲しかったのよ」
(探偵ね……)
唯史は彼女の全身を改めて眺めてみる。
やはりその容姿からは幼いという印象を受ける。服装や髪型を工夫すれば中学生と言われても信じてしまいそうだ。タイトスカートのスーツ姿も、何かの悪ふざけで着ているように感じられた。
「俺がそれに付き合う理由はないですね。お断りします」
拒絶の意志を示すように歩調を速める唯史だが、女もすかさず追い付いてくる。
「ノンノン、多いにあるわ。というより君は私への態度を改めるべきよ」
彼女は再び懐に手を差し込む。取り出したのは一枚の写真だ。
地面にへたりこんだ男と、それに襲いかかろうとする男、二人の姿が写っている。その情景は、唯史の中にある昨晩の記憶とぴったりと重なる。
「それは……」
「ちょっと見づらいけど……顔の判別は問題なくできそうね。あなたの犯行を証明するには十分だわ」
(殴って黙らせるか)
不意に、唯史の中で暗く重たい声が響いた。腕力に関して自分と彼女の間には大きな隔たりがある。武器などで応戦されない限り、一方的な展開になるはずだ。
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