二章 正義という呪い

5/9
前へ
/50ページ
次へ
 しかし……女だ。女はまだ殴ったことがない。小さく弱く、正しい生き物を一方的に傷つけるという行為は、これまでとは違った意味を持つ。それはすなわち、越えてはいけない一線を越えるということだ。件の事件の犯人と同じ場所まで落ちていくということだ。  「躊躇ってるの?女は殴らない主義?」  挑発的な態度を見せる彼女を前に、唯史は奥歯を噛み締める。  「……何が聞きたいんですか」  しばらく黙考した後、唯史は折れた。彼女がまだ、唯史の次の一手を上回るような何かを持っているのではないか、という不安が拭えなかったのだ。  よろしい、と満足げに言ってから、彼女は言葉を続ける。  「例の殺人事件について、公に報道されていること以外で何か知ってることはない?同年代の間で広がっている噂でもいいわ」  女はまた、じっと唯史の顔を見つめている。唯史の内心で緊張感が滲んだ。  「……特に、なにも」  「……それじゃ次の質問。事件の犯人についてどんなイメージを抱いてる?あなたの個人的な意見を聞かせて」  どこからか手帳を取り出した彼女は、それを開いて万年筆を構え、唯史の言葉を待っている。  犯人の人物像。これまで幾度となく思いを馳せてきた彼のイメージを脳内に描く。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加