一章 ひび割れた同一性

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 暗い気持ちが晴れぬまま退院の許可が下りる。結局、定期的な通院で経過を確認するのみで良い、とのお達しが出たのだ。  しかしその後、記憶喪失とは別の問題が唯史の前に現れた。  病院で目が覚めて以来唯史は、自分の中で異常な願望が膨らむのを感じていたのだ。  誰かを傷つけたい、そんな願望だ。悲鳴や流血や取り返しのつかない破壊……それらを自分の手で誰かに与えたい。そんな思いだ。  生き物は死んでいる方が綺麗に感じられるし、苦しみながら死に近づいていく姿は美しい。死ぬなら残酷な死に方がいい。  それが社会から外れた思想であるということは、誰かに教えられなくとも気付いていた。  逸脱した価値観、共有できない願望。それは、戻らない記憶に対する不安や、記憶を失ったことに起因するストレスとは別に発生していた。  脳の欠陥ではないか、唯史はそんな風に思った。事故によるものであるなら、治療の余地があるのなら、どうしても治したい。  それは、闇に消えたまま帰ってくるあてのない記憶よりも、ずっと重大な問題だった。
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