一章 ひび割れた同一性

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 「ねぇ、聞いてるんだけど。答えてくんない?」  高圧的な口調で問いかけながら、更に接近してくる。  「何が目的ですか?」  「んー、暇だったから遊び相手になってもらおうと思って。俺らお金持ってないからさぁ、貸してくれそうな人探してたんだよね」  適当に散歩して帰ってくるだけのつもりだったから、財布などは持っていない。  (そもそも……大人しく財布を渡したところで、無事で済む可能性がどこにあるというんだ)  こいつらはきっと、これまでもこうやって他人から搾取をしてきたのだろう。誰かが苦労して手にしたものを、暴力で奪っていったのだろう。  こんな人間が社会に必要あるだろうか?いや、ない。どころか、居ない方が世界はよほど上手く回るはずだ。  働きアリの法則における最後の三割。必要と不要。自分の欲望、社会の倫理。両親の顔、悠未の顔、千鶴の顔。  「聞こえてねぇのか?金を出せって言ってんだよ、おい」  別の男が大股で近づいてきて、唯史の胸ぐらを掴んだ。  その時、思考を越えた速度で何かがきらめいた。唯史は全力で拳を振りかぶり、目の前の男の顔を殴り飛ばす。  相手は自分が反撃してくるとはまるで考えていなかったらしい。唯史の拳をまともに食らって、体のバランスを崩した。  よろける不良に向かって、唯史は追い打ちを加える。左右の拳で交互に、およそ知っている限りの急所に全力で拳をぶつける。  無心で目の前の男を殴り続けていると、男の体から力が失われた。すかさず側頭部に拳をねじこむ。勢いを得たその体は、頭から地面に激突した。
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