一章 ひび割れた同一性

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 強く速く、心臓が脈打っている。唯史は、自分の体が心地の良い疲労感と、言葉にし難い爽快感に包まれているのを感じていた。  足元で転がる不良に視線を下ろす。呼吸しているのは確認できるが、意識はすでに失っているようだ。  (これだけ殴っても壊れないなんて、人間は案外丈夫にできてるんだな)  踏みつけるのにちょうどいいところに頭があった。唯史は足を振り上げる。  (こっちの方が、拳よりはよほど効率的にダメージを与えられるはずだ)  的は大きい。狙いを付けるまでもない。十分な高さを得て、男の後頭部に向けて振り下ろそうと体重を傾ける。  「やめてくれっ!」  声が聞こえた。  残りの不良二人達が離れたところに立ち尽くし、こちらを見つめている。彼らのどちらかが声をあげたのだろう。  唯史の行いに怖じ気づいてしまったのか、彼らの態度から敵意や戦意は感じられなかった。代わりにその顔には、恐怖がはっきりと映っていた。
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