まずはお触りで

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まずはお触りで

 朝食を済ませ、蒼(あおい)は自室のベッドの上に腰かけ耳をすませた。ワイシャツのボタンは二つ開けたままで、ジャケットとネクタイも身に付けていない。 「蒼ー! 健太くん来たわよ」  階下から聞こえ母の声に、鼻の奥から出した声で返事をする。やり過ぎたかと思うほど寝ぼけた声は効果があったようで、階段を踏み鳴らす音が響いて来た。 「蒼、お前まだ寝惚けてんのか」  幼馴染である健太が、明るく染めた髪を揺らし呆れを見せる。しかし、呆れながらも当然のように蒼のボタンをとめ、ネクタイを締めてくれるのだから、お人好しにも程がある。  健太は学校へは真面目に行くくせに髪は染め、たまに授業をさぼる「不良」と呼ばれる行為を平気で行う。よく言えば自由奔放なのである。  そんな健太が優しくしてくれることに優越感に浸りながらも、蒼はこっそり溜息を吐いた。  健太は顔がいい。スタイルもいい。頭もそこそこいい。つまるところ、モテる。男女問わず慕う者は多い。  その中の一人でいたくなくて、こうして健気にも手のかかる幼馴染のふりをしているのだが、これが報われた試しがない。     
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