噴水

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ハンス、君は覚えているか。限りなく白くまばゆい校舎に太陽が射す朝を。君と会ったのも、太陽がまぶしい朝だった。 まるで僕たちを祝福してくれるかのような明るい陽射しだった。それはもう憎たらしいくらいに。 奨学金でかろうじて入学した僕にとっては、この校舎はあまりに眩しすぎた。大理石の柱も、埃一つない真っ赤な絨毯も、銀の女神が優しく微笑む噴水も、校庭を飛ぶ白い鳩も、廊下に並ぶ金縁の額に飾られたシャガールやゴッホの贋作も、僕にとっては憎悪の象徴だった。 なぜこんな場所に来てしまったのだろうと何度も自問自答したよ。親の期待にこたえたかったというは勿論ある。だが、僕自身が愚かにも「この学校に入れば上流の人間になれるかもしれない」という淡い期待を抱いていたのも事実だ。 しかし、現実とは厳しいものだ。僕は、この学校になじめない。金に困ったことがない人々を学友と呼ぶのはあまりに抵抗がある。彼・彼女らの鞄を見るだけで分かる。僕の鞄のようによれた中古の黒い安物ではない。黄金の鍵がついた立派な鞄だ。彼、彼女らがその豪華絢爛な鞄から取り出す銀のペンの美しさが、どれほど僕の心に劣等感を与えたか。 だが、ハンス。君だけは違った。他の誰とも違った。 君と初めて会った日の朝、君は制服のまま噴水で水浴びをしていたんだ。 「ここの水はまずいな」 そう言って、僕の方を見たことを覚えている。皆、君の奇行を見て笑っていたよ。僕は怖かった。妙な奴に目をつけられたと思ったよ。最初はね。 「噴水の水を誰も飲もうとは思わないよ。ましてや浴びるなんて」 僕はそう言った。それが僕たちの最初の会話だったことはよく覚えている。
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