噴水

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ハンス、君は色々なことを知っていたよね。校舎で流れる音楽について、僕は気にとめたこともなかったのだけど、君は曲が少し流れてくるだけで、作曲家名を当てた。レスピーギの『ローマの祭り』や、ハチャトゥリアンの『ガイーヌ』やバッハの『平均律』も全て君が教えてくれた。 ピカソの青い孤独も、歌川国芳の迫力の赤い浮世絵も、ブリューゲルが描く茶色の豊かな農民も、ビアズリーの黒の女の美しさも、ウォーホルの色鮮やかなポップアートも君に教えてもらった。 僕が君の知識の豊富さに感心していると、君は必ずこう言うんだ。 「知識なんてのは状況を判断するための情報に過ぎない。いいか、ロバート。この学校をよく見るんだ。妙に見目麗しい坊ちゃん嬢ちゃんばかりが通う上流階級の為の学校。金があることをアピールする為の食堂のシャンデリアや時計台の鐘。ここは偽物ばかりだ。噴水の水さえもな」 「そうか。金をかけているのはモノばかりで、生徒の心は貧しいということだね」 「まあ、そうだ。だが、おそらく俺の勘だが、ここはもっとおかしい。学校案内に載っている卒業式の写真を見てみろよ」 ハンスが卒業式の写真を差し出す。モノクロの写真には大きな飛行船が複数映っており、地上では在校生達が飛行戦に向かって手を振っている。 「飛行船に乗ってそのまま卒業旅行に行くんだろ?素敵な行事じゃないか」 「お前にはそう見えるのか。まあ今はそれでいいのかもしれないが」 君が何かを言いたそうだったことを覚えている。今になって分かるよ。君は大切なことに気付いていたということを。
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